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委託研究 |
この研究は、英国の学術雑誌に英文で掲載された論文を、藤澤先生にお願いして日本語に翻訳していただきました 英文でお読みになる方は、下記の雑誌を検索して取り寄せることが可能です。 Effects of non-fermented and fermented soybean milk intake on faecal microbiota and faecal metabolites in humans
Shunsuke Inoguchi, Yuji Ohashi, Asako Narai-Kanayama, Keiichi Aso, Takenori Nakagaki, Tomohiko Fujisawa
International Journal of Food Sciences and Nutrition 63 (4) 402-410 (2012)
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高活性ケフィア菌を用いて作製された豆乳発酵食品の摂取が ヒト腸内環境におよぼす効果 |
日本獣医生命科学大学教授 |
農学博士 藤澤倫彦 |
1.はじめに 近年、わが国においては食事の欧米化などの影響による生活習慣病の増加に伴い、種々の機能性食品が注目されてきているが、このなかには伝統食品である納豆やおからなども含まれている。これらの食品はオリゴ糖、イソフラボン、サポニン、タンパク質、レシチン、リノール酸、各種ビタミン類、各種ミネラルなど機能性成分・栄養成分を含んだ大豆が原料であり、腸内環境改善効果のあることが示されている。さらに、大豆中には多くの抗がん物質が含まれている(1)ことや疫学調査で大豆製品中のイソフラボンの摂取と結腸がんの発がんリスク低下との関連性(2)が報告されている。これらのことから、最近では欧米でも大豆食品が着目されはじめてきている。一方、熱水で抽出した液である豆乳も大豆由来の機能性成分・栄養成分を含んだ食品であるため、近年における健康志向の高まりに伴う健康食品ブームから需要も高まりつつあり、また、大豆豆乳の異臭除去に有効(3)であることが知られている乳酸菌を用いて発酵させた豆乳発酵食品の製造についてもいくつかの試みが報告されている(4)。ところで、腸内環境を改善する機能性食品はその作用メカニズムによってプレバイオティクス、プロバイオティクスおよびバイオジェニックスの3グループに分類される。豆乳発酵食品には大豆由来のオリゴ糖や乳酸菌が含まれているため、プレバイオティクスとしてのみならずプロバイオティクスとしての効果も期待できると考えられるが、現在までこれらに関する報告は皆無に等しい。そこで今回、高活性ケフィア菌を用いて作製した豆乳発酵食品の腸内細菌叢や糞便理化学性状などの腸内環境におよぼす影響についてヒトボランティアを用いて検討を行い、若干の知見を得た(5)ので紹介する。 |
2.材料および方法
2-1. 高活性ケフィア菌による豆乳発酵食品の作製
2-2. 腸内環境におよぼす影響 2-2-1. 被験者および摂取方法 21〜25歳の健常な10名を被験者(男性6名および女性4名)とし、豆乳発酵食品摂取直前、豆乳発酵食品(100g/day)摂取7日目、14日目および摂取後7日目に糞便を回収し、実験に供した。試験期間中の食事は試験開始1か月前から試験終了までの間、ヨーグルトや漬物などの乳酸菌を含んだ食品、他のオリゴ糖、抗生物質など、腸内細菌叢に著しい影響を与えるものの摂取を控えるほかは、厳しい食事制限は行わなかった。なお、本研究は「ヘルシンキ宣言」の精神に則り、試験の趣旨と方法に関する説明を行い、被験者の同意に基づいて実施された。 2-2-2. 腸内細菌叢の検索 Mitsuokaら(6, 7)およびTeradaら(8)の方法にほぼ準拠し、培養法により実施した。すなわち3種類の非選択培地(TS, BL, EGの各培地)および13種類の選択培地(LBS, VS, NBGT, TATAC, PEES, NN, P, DHL, ES, BS, NAC、CW, TOSプロピオン酸寒天の各培地)を用い、これら培地に適宜希釈された糞便検体を接種し、37℃、1〜3日間嫌気または好気培養後に発育した集落について集落およびグラム染色による菌形態の観察、好気的条件下での発育ならびに一部菌群については生化学的性状試験を実施して菌群の同定を行い、各菌群の菌数を算出した。 2-2-3. 糞便pH, 短鎖脂肪酸および硫化物の測定 Haraら(9)およびTeradaら(10)の方法に準拠して実施した。すなわち、糞便pHは直接電極を糞便に挿入し、短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、乳酸、酪酸、吉草酸、イソ酪酸、イソ吉草酸、コハク酸、ギ酸)は高速液体クロマトグラフを用い、さらに硫化物は硫化物イオン総合電極を用いてそれぞれ測定した。
2-3. 豆乳および豆乳発酵食品中に含まれる各種糖の定量 Narai-Kanayamaら(11)の方法に準拠して定量した。
2-4. 豆乳中に含まれる主な糖の腸内細菌による資化性試験 Shinoharaら(12)によって記載された方法にほぼ準拠して実施した。すなわち、PYF培地に各種糖(グルコース、シュクロース、フルクトース、大豆オリゴ糖、ラフィノースおよびスタキオース)をそれぞれ0.5%含む糖培地を準備し、これに供試腸内細菌を接種し、37℃、48時間嫌気培養後、培地pHを測定した。資化性試験の判定基準はpH 6.0以上を陰性-、pH5.5〜5.9を弱陽性(+)、pH5.0〜5.4を陽性+、pH 4.9以下を強陽性++とした。なお、陰性コントロールとして糖を含まないPYF培地についても同様に実施した。
2-5. 統計処理 本研究で得られた腸内細菌叢、糞便pH、短鎖脂肪酸および硫化物の成績に関してはKruskal-Wallis検定およびSteel-Dwass検定を用いて解析した。一方、豆乳および豆乳発酵食品中の糖濃度に関しては対応のあるt-検定を用いた。 |
3.成績 3-1. 豆乳発酵食品の摂取が腸内環境におよぼす影響 3-1-1. 腸内細菌叢 豆乳発酵食品の摂取によりBifidobacteriumおよびLactobacillusが有意に増加した。また、レシチナーゼ陰性Clostridiumが有意に減少した(表1)。 一方、その他の菌群については全試験期間を通して顕著な変動は見られなかった。 3-1-2. 糞便pH, 短鎖脂肪酸ならびに硫化物 豆乳発酵食品の摂取により酢酸濃度の増加傾向および硫化物濃度の有意な減少が認められた(表2)。一方、pHおよび酢酸以外の短鎖脂肪酸濃度に関しては全試験期間を通して顕著な変動は認められなかった。
3-2. 豆乳および豆乳発酵食品中の主な糖の含有量 豆乳中に含まれる主な糖としてグルコース、フルクトース、シュクロース、スタキオースならびにラフィノースが検出された。また、豆乳と豆乳発酵食品との比較では後者においてグルコースならびにシュクロース濃度が有意に低かったが、フルクトース、スタキオースおよびラフィノース濃度については顕著な差異は見られなかった(表3)。 3-3. 腸内細菌による豆乳中に含まれる糖の資化性 27株の標準株ならびに糞便由来株を用いた各種糖の資化性試験の結果を表4に示した。 BifidoacteriumではBifidobacterium bifidumを除いたすべての供試菌種で大豆オリゴ糖ならびに大豆オリゴ糖の構成糖であるラフィノースおよびスタキオースの資化が認められたが、Clostridium perfringensおよびEscherichia coliにおいてはE. coliの1株を除くすべての供試菌株においてこれら糖の利用は認められなかった。
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4.考察 大豆オリゴ糖の摂取(13, 14)により糞便中の有用細菌であるBifidobacteriumが増加することや大豆オリゴ糖の構成糖であるラフィノースの摂取でも糞便中のBifidobacteriumの増加が示されている(15 16)。さらに、大豆食品である納豆(17)や納豆を加えた味噌汁(納豆汁)(18)ならびにおからテンペ(19)の摂取でもBifidobacteriumの増加が確認されている。一方、Bifidobacteriumは大豆オリゴ糖やその構成糖であるスタキオースならびにラフィノースを資化し、腸内で腐敗物質を産生する細菌であるC. perfringensやE. coliはこれらを利用しないことも報告されている(9, 13)。今回の研究ではこれらの報告と一致する結果が得られた。豆乳中に含まれるスタキオースやラフィノースは本研究での発酵条件下では減少しないことから、今回用いた豆乳発酵食品はプレバイオティクスとして有用であることが示された。豆乳発酵食品摂取中の酢酸の増加傾向や硫化物の減少はBifidobacteriumの増加やClostridiumの減少に関連しているものと考える。すなわち、Bifidobacteriumの代謝産物である酢酸濃度の上昇は本菌の増加に関連し、Clostridiumなどが産生する硫化物の減少はその菌数の減少と関連しているものと思われる。硫化物は老化や発がんに関与するとされている腸内腐敗物質の一種であり(20)、本物質が減少したことはアンモニアやフェノール、インドールなど、硫化物以外の腐敗物質が減少し、腸内腐敗が抑えられていることを示唆するものと考える。豆乳発酵食品摂取中のLactobacillusの増加は本食品にLactobacillusが107〜108CFU/g含まれているため、これらの摂取によって増加したものと思われる。 |
5. おわりに 大豆オリゴ糖(13,14)や納豆(15)、納豆汁(16)、さらにはおからテンペ(19)の摂取によっても腸内環境の改善に有効であることが報告されており、大豆そのものならびに大豆を原料とした食品にもその効果のあることが示されている。今回、豆乳を乳酸菌で発酵させた食品にも同様の有用作用が示された。豆乳発酵食品中には豆乳とほぼ同量のオリゴ糖が含まれており、プレバイオティクスとしての作用が推察された。一方、豆乳発酵食品中に含まれる乳酸菌や酵母の直接的な腸内環境改善作用は確認できなかったが、摂取中にLactobacillusの増加が見られるなど豆乳発酵食品はプレバイオティクスとしてのみならずプロバイオティクスとしても有用であることが示唆された。今後は種々の発酵スターターを用いて同様の効果が得られるかどうかを検討し、プレバイオティクスとしてのみならずプロバイオティクスとしての効果のメカニズムを解明するための基礎データを得たいと考える。 (1) Messina, M.J., Persky, V., Setchell, K.D.R. and
Barnes, S. Soy intake and cancer risk: a review of the in vitro and in
vivo data. Nutr. Cancer. 1994. 21:113-131.
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解説 |
論文を理解しやすいように、論文中の主な表を図示して解説します。 |
ホームメイド・ケフィアで発酵させた豆乳(論文中では豆乳発酵食品以下同じ)を摂取した被験者の腸内細菌叢、糞便に含まれる有機酸や硫化物の濃度に顕著な変化が見られました。 |
表1)のうち、変化の著しいビフィズス菌、乳酸桿菌、クロストリジウム菌の増減を示したのが図1です。 |
図1)豆乳発酵食品を摂取した時の腸内細菌叢の変化(菌数の対数/糞便1g) |
図1)を見ると、豆乳発酵食品摂取中に善玉菌といわれるビフィズス菌、乳酸桿菌が増え、悪玉細菌であるクロストリジウム菌の減少が見られます。また豆乳発酵食品の摂取を止めるとビフィズス菌、乳酸菌などの善玉菌の菌数が摂取前の菌数まで低下し、悪玉菌が増加していますので、豆乳発酵食品は継続して摂取する必要があることを示しています。 |
表2)のうち、有機酸濃度をの変化を図2)に図示します。 |
図2)豆乳発酵食品を摂取した時の糞便中の有機酸濃度の変化(μmol/糞便1g) |
図2)から豆乳発酵食品の摂取によって、糞便中の酢酸濃度が顕著に高くなることがわかります。この結果はビフィズス菌の増加によるものです。ビフィズス菌は酢酸を作り、腸内を酸性にして、悪玉菌の増殖を抑制する働きがあります。 |
表2)のうち、硫化物の濃度変化を図3)に図示します。 |
図3)豆乳発酵食品を摂取した時の糞便中の硫化物の濃度変化 |
図3)から豆乳発酵食品の摂取によって硫化物の濃度の低下が著しいことがわかります。この結果もまたビフィズス菌の増加によるものです。すなわちビフィズス菌が悪玉菌の増殖を抑制した結 果、悪玉菌による腸内腐敗を防ぎ、腐敗産物である硫化物の生成を抑えていることを示しています。 |
【要約】 |
豆乳発酵食品、すなわちホームメイド・ケフィアで発酵させた豆乳を摂取すると、善玉菌優勢の腸内細菌叢が形成され、腸内腐敗が抑制されます。 |