森本亮祐 ,阪上 綾 ,中垣剛典, 隅谷栄伸 ,
伊勢川裕二
日本栄養・食糧学会誌
第71巻第4号161‒166(2018)
要約
黄色ブドウ球菌は,健常者における常在菌である。しかしながら,黄色ブドウ球菌の産生するエンテ ロトキシンによる食中毒や院内感染症の主要な起因菌であるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が問 題となっている。本研究ではアロニア(Aronia melanocarpa)が有する機能性に注目し,これらの問題点を 打開するため抗黄色ブドウ球菌効果を示す有効成分の検索を行った。有効成分の大まかな見当をつけるため, 異なる抽出方法でアロニア試料の抗菌活性を測定した。その結果,アロニアジュース凍結乾燥後の水溶性成 分において試験菌株すべてに強い抗菌効果が確認された。抗菌成分の検索のために行った分画・細分取では 逆相クロマトグラフィー非吸着・アセトニトリル 20-30%溶出画分に強い抗菌効果を確認した。質量分析の 結果,アロニア中の抗黄色ブドウ球菌効果を示す成分として,クロロゲン酸,プロトカテク酸やゲンチシン 酸のような,数種の低分子化合物を同定した。
はじめに
黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は通性嫌気 性グラム陽性細菌であり,人の鼻腔・手指に常在してい る。S. aureus は健常者において明らかな疾患を起こす ことがなく保菌状態であるが,健常保菌者の定着部位か ら食品が汚染されることによって食中毒を生じる。また 塩濃度の高い食品中でも増殖可能であり,S. aureus か ら産生されるエンテロトキシンが食品汚染の観点から問 題になっている1-3)。さらに院内感染症の起因菌の 1 つ であるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA:Methicillin-resistant S. aureus)は β-ラクタム系以外にも多く の抗生物質に薬剤耐性を獲得し,抗生物質の過剰使用な どの背景から急速に多剤耐性化が進行しているため4-7), その対策が急がれる。
アロニア属(Aronia)は北米原産のバラ科の小果樹で あり,A. arbutifolia,A. melanocarpa の 2 種が存在する。 本研究で使用した Aronia にはポリフェノールが豊富に含 まれ,その食品機能性8-16)が幅広く報告されている。また, S. aureus,大腸菌(Escherichia coli),セレウス菌(Bacillus cereus),緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)に対する A. melanocarpa の抗菌効果13)が報告されているが,その主 要な抗菌成分に関して報告はされていない。アロニア ジュースの長期飲用による尿路感染症の発症低下17)やバ ラ科に属する果実中のフェノール類がセレウス菌などの 病原微生物に対して抗菌効果を示す報告より18),食品を通して感染症の治療や予防も期待されている。
本研究では食中毒や院内感染症などの問題の起因とな る黄色ブドウ球菌に対して A. melanocarpa に含まれる 抗菌成分について検討したので報告する。
実験結果
自家製ケフィアからの6つの乳酸菌によるNK活性の誘導
1.アロニアの抗黄色ブドウ球菌効果 それぞれの方法で得られたアロニアジュース可溶性成 分の抗菌効果を示した(表 1)。アロニアジュース原液 ならびに水溶性成分は使用したすべての試験菌株におい て幅広い抗菌効果が確認された。特に水溶性成分は標準 株に対して最も高い抗菌効果を有していた。使用したメ チシリン耐性株に対する IC50 値の差はあるものの,原 液ならびに水溶性成分は黄色ブドウ球菌の増殖を濃度依 存的に抑制することが確認された。
2.分画画分の標準株に対する抗菌効果 C18 オープンカラムクロマトグラフィー法では,アロ ニアジュース水溶性成分 2,870 mg を蒸留水にて溶解し, カラムに供した。得られた分画画分の抗菌効果を検討し たところ,非吸着画分(0%アセトニトリル溶出画分)ならびに 20%,30%アセトニトリル溶出画分で濃度依 存的な抗菌効果を示した(表 2)。
我々は標準株に対して最も抗菌効果の強かった 20% アセトニトリル溶出画分を SNAP Ultra C18 を用いた分取 LC に供し,細分画を試みた。その結果,計 50 本の細画 分が得られ,分取 LC クロマトグラムにおいて 10%から 25%アセトニトリル溶出画分に特異的な吸光度ピークが 検出された(未公開データ)。このピークが得られた各 細画分の抗菌効果を測定したところ,非吸着画分(細画分番号 2)や 10%ならびに 15%アセトニトリル溶出画 分(細画分番号 16,18)のような強い抗菌効果を示す 画分が得られた。
我々は標準株に対して最も抗菌効果の強かった 20% アセトニトリル溶出画分を SNAP Ultra C18 を用いた分取 LC に供し,細分画を試みた。その結果,計 50 本の細画 分が得られ,分取 LC クロマトグラムにおいて 10%から 25%アセトニトリル溶出画分に特異的な吸光度ピークが 検出された(未公開データ)。このピークが得られた各 細画分の抗菌効果を測定したところ,非吸着画分(細画分番号 2)や 10%ならびに 15%アセトニトリル溶出画 分(細画分番号 16,18)のような強い抗菌効果を示す 画分が得られた。
3.アロニアジュースに含まれる抗菌成分の検討 我々は非吸着画分(細画分番号 2)と 10%ならびに 15%アセトニトリル溶出画分(細画分番号 16,18)を 含む細画分の活性試験を行った。抗菌効果が確認された 細画分の分取重量と IC50 値を表 3 に示す。これらの画 分を LC-MS で解析した結果,抗菌効果を示した画分中には低分子化合物が含まれていることが確認された。更 なる解析を LC-MS/MS で行った結果,図 1 に示す成分 の候補が数種挙げられた。なお,候補成分は市販純品と の LC-MS 検出時間の一致により同定とした。その結果 より,抗菌効果を示す A. melanocarpa の成分として 3 種類(クロロゲン酸,ゲンチシン酸,プロトカテク酸) の物質同定に至った(図 1)。その成分はすべての試験 菌株で濃度依存的な抗菌効果を示した。標準株に対して ゲンチシン酸が,メチシリン耐性株(K・N ならびに M・ A 株)に対してプロトカテク酸が強い増殖阻害活性を示 した(表 4)。
考察
黄色ブドウ球菌は食中毒や院内感染症において主要な 起因菌であり,日本においてもメチシリン耐性株による 院内感染は増加傾向であることが報告され,今後の対策 が急がれる3)6)7)。
本研究では様々な生理活性について報告されている A. melanocarpa の機能性に着目した。すでにアロニアと 同じバラ科であるベリー類は B. cereus などの病原微生物に対して抗菌効果を示すことが報告18)19)されており, その機能性は多岐にわたる。しかしながら黄色ブドウ球 菌に対する A. melanocarpa の主要な抗菌成分の詳細に 関する報告は少ない。同じバラ科に属するベリー類の抗 菌効果19)やクランベリーの抗バイオフィルム効果に関す る報告20)もあり,様々なバラ科果実が感染症の予防・治 療に活用され始めている。そこで本研究ではアロニアの 更なる機能性を検討するため,A. melanocarpa に含まれ る抗菌成分の検討を試みた。異なる溶媒を用いて得られた可溶性成分の抗菌効果を 表 1 に示す。特に,水溶性成分は標準株に対して濃度依 存的な抗菌効果を示し,アロニアジュース原液ならびに 水溶性成分は使用した全試験菌株の増殖を阻害した。エ タノール可溶性成分やクロロホルム-メタノール可溶性 成分が増殖阻害効果を示さなかったことより,A. melanocarpa に含まれている抗菌成分は親水性の高い成分で ある可能性が示唆された。そこで我々は標準株に対して 高い阻害効果を示したアロニアジュース水溶性成分に含 まれる抗菌成分の検索を試みた。C18 オープンカラムク ロマトグラフィー分画と分取 LC による細分画に供し, 抗菌画分の特定を行った。ワコーゲル C18 による分画で は非吸着画分,20%および 30%アセトニトリル溶出画 分に濃度依存的な抗菌効果が確認された(表 2)。また アロニアジュースと非吸着画分の IC50 値に差がなかっ たことから使用したカラム容量に対して過剰量を負荷し ていた可能性が考えられたため,吸着画分のうち活性が 確認された 20%アセトニトリル溶出画分(68 mg)を分 取 LC にて細分画を進め,50 本の細画分を得た。その内, 非吸着画分は約 8 mg,アセトニトリル溶出細画分の総 乾燥重量は約 47 mg であった。得られた画分の内,非 吸着画分(細画分番号 2)や 10%アセトニトリル溶出画 分(細画分番号 16),15%アセトニトリル溶出画分(細 画分番号 18)において高い増殖阻害効果が確認された。 分取重量はそれぞれ 4 mg,12 mg であり,IC50 値は 0.27 mg/mL と 0.95 mg/mL と抗菌効果を示していたため, 画分 16 には少量で抗菌効果に関与している抗菌成分が 含まれていることが考えられた。これらの画分に含まれ ている成分を LC-MS にて検討した結果,非吸着画分(細 画分番号 2)や 10%アセトニトリル溶出画分(細画分番 号 16),15%アセトニトリル溶出画分(細画分番号 18) に複数のピークスペクトルが確認され,いくつかの低分 子化合物が挙げられた。
A. melanocarpa にはアントシア ニンが豊富に含まれていることが報告されているが16), 含有ピークが非常に低いことから本研究結果ではアント シアニンはアロニアジュース水溶解物の主要な抗菌効果 に関与していないことが示唆された。候補成分は LC-MS 保持時間の一致により,3 種の低分子化合物(ク ロロゲン酸・プロトカテク酸・ゲンチシン酸)の同定に 至り,メチシリン耐性株を含んだすべての試験菌に対し て濃度依存的な増殖抑制を確認した。クロロゲン酸やプロトカテク酸は非吸着画分(細画分番号 2)より,ゲン チシン酸は 10%ならびに 15%アセトニトリル溶出画分 (細画分番号 16,18)にて検出され,これらの 3 つの候 補成分はアロニアに含まれる成分であることが示唆され た。更にこれらの低分子化合物はブドウ球菌の細胞壁合 成を阻害し,細胞膜を不安定化することが確認された(未 公開データ)。表 4 に同定成分の黄色ブドウ球菌に対す る IC50 値を示す。粗精製の過程に伴い,高い抗菌効果 を示す画分が得られ,LC-MS スペクトルではいくつか の特異的ピークが確認された。Kulling & Rawel21)や Borowska & Brzóska22)は A. melanocarpa に含まれるポ リフェノールなどの低分子化合物として,クロロゲン酸 がアロニア果実中に含まれていることを報告している。 しかしながらクロロゲン酸を含む同定成分の抗菌効果は アロニアジュース水溶性成分の IC50 値と近似した値と なり,LC-MS スペクトル解析において活性画分には複 数の低分子化合物が確認された。Kulling & Rawel21)や Borowska & Brzóska22)の報告に加え,Lin et al.23)のメチ シリン耐性株に対する低分子化合物の抗菌効果の報告や 本研究の結果より,同定した成分以外に未知の強い抗菌 活性を示す成分が存在する可能性が示唆された。
A. melanocarpa のアロニアジュース水溶性成分は黄色 ブドウ球菌やメチシリン耐性株に対しても非常に高い抗 菌効果を示し,複数の成分が抗菌効果に関与している可 能性が示唆された。同じバラ科に属するベリー類24)や 杏25)の高い抗菌効果の報告や本結果からも,黄色ブドウ 球菌に対してバラ科やアロニアジュースは汎用性が高い 食品であることが期待できた。今後はアロニアに含まれ る低分子化合物や作用機構・高等動物に対する毒性を検 討することで,黄色ブドウ球菌に起因する院内感染症や 食中毒の予防に有用であることが考えられる。
この研究は、日本栄養・食糧学会誌 第 71 巻 第 4 号 161‒166(2018) に掲載された“アロニアに含まれる黄色ブドウ球菌に対する増殖抑制成分の検索”を、一部割愛して掲載しました。タイトルをクリックすると全文を読むことが出来ます。