ジペプチジルペプチダーゼIVと
α-グルコシダーゼ阻害による
アロニア果汁摂取マウスにおける
血糖値と肥満の改善

Takuya Yamane, Miyuki Kozuka, Daisuke Konda,

Yoshihisa Nakano, Takenori Nakagaki,

Iwao Ohkubo, Hiroyoshi Ariga

 

Journal of Nutritional Biochemistry
31 (2016) 106–112

 

要約

 アロニア果汁の高血糖抑制効果を調べるために、重度な肥満と高血糖のマウスにアロニア果汁を飲ませた。飲用開始から1週間で血糖値と体重が有意に減少し、飲用後28日後に脂肪組織重量の減少と小腸でのジペプチジルペプチダーゼIV (DPP IV)およびα-グルコシダーゼの阻害が認められた。また、このときグルコース依存性インスリノトロピックポリペプチド(GIP)の発現減少とグルカゴン様ペプチド-1 (GLP-1)の発現増加が起こっていた。さらに血中インスリン濃度は減少していることが確認された。これらの結果から、アロニア果汁を飲むことによって、肥満と高血糖が解消し、それはDPP IVおよびα-グルコシダーゼの阻害によって起こることが明らかとなった。

はじめに

 アロニアベリーは脳卒中や高血圧の治療のための伝統薬としてロシアや東ヨーロッパで使用されてきた[1]。アロニアベリーはアントシアニン、プロシアニジンそしてフラボノイドを含むファイトケミカルを高い割合で含んでいる。アロニアベリーにおける活性化合物の濃度はクランベリーに比較して5倍以上高い[2,3]。アロニアベリーはまた、様々な健康効果を有しており[4]、そしてアロニア果汁は糖尿病のヒトやラットにおいて、血漿中の血糖濃度に役立つ効果があり[5,6]、また糖尿病のヒトにおいて、総コレステロールと脂質レベルに有益な効果があると報告されている[7]。さらにヒト臨床研究の結果はアロニア果汁が肥満症の治療に役立つことを示唆しています[8]。最近、私たちはアロニア果汁にジペプチジルペプチダーゼIV (DPP IV) の阻害効果があり、その阻害物質はシアニジン 3,5-ジグルコシドであることを同定した[9]。DPP IV (EC 3.4.14.5) はセリンプロテアーゼであり[10]、グルコース依存性インスリノトロピックポリペプチド(GIP)やグルカゴン様ペプチド-1 (GLP-1)、そしてインスリン分泌の減少はDPP IVによるインクレチンの不活化によって誘導される[11-14]。DPP IV阻害剤は糖尿病患者における血漿中の血糖レベルにおいて有用な効果を有しており[15]、DPP IV阻害剤はいくつかの植物において見出されている[16]。本研究において、私たちは体重、白色脂肪組織の重量そして血糖値がアロニア果汁を摂取した糖尿病モデルマウスにおいて減少することを見出した。DPP IVとα‐グルコシダーゼ活性はアロニア果汁を摂取した糖尿病モデルマウスにおいて阻害された。これらの結果はアロニア果汁が糖尿病状態下においてDPP IVとα‐グルコシダーゼの両方の阻害を通して糖尿病や肥満の改善効果を有していることを示唆している。

結果

体重と血糖値におけるアロニア果汁の有益な効果

 体重と血糖値に対するアロニア果汁の効果を調べるために、3-4日おきにマウスの体重と血糖値を測定した。その結果、Fig. 1Aに示すようにアロニア果汁を摂取したKK-Ayマウスでは体重が顕著に減少し、28日目にはアロニア果汁を摂取していないKK-Ayマウスと比較して12%体重が減少していた。血糖値についてもアロニア果汁を摂取したKK-Ayマウスで顕著に減少が見られ、28日目にはアロニア果汁を摂取していないKK-Ayマウスと比較して45%血糖値が減少していた(Fig. 1B)。C57BL/6JmsSlcマウスでは体重、血糖値ともに変化しなかった。

脂肪組織に対するアロニア果汁の有益な効果

 28日間、アロニアを摂取させた後、脂肪組織を摘出し、重量を測定した結果、アロニアを摂取したKK-Ayマウスにおいて白色脂肪組織が顕著に減少した。アロニア果汁を摂取していないKK-Ayマウスと比較して精巣上体周囲脂肪で27%、腸間膜周囲脂肪で26%、後腹膜脂肪で38%そして皮下脂肪で48%減少していた。C57BL/6JmsSlcマウスでは体重、血糖値ともに変化が認められなかった(Fig. 2A - D)。

血清、肝臓そして小腸におけるアロニア果汁によるDPP IV活性の阻害効果

 28日間、アロニアを摂取させた後、血清、肝臓、小腸を摘出し、DPP IV活性を測定した。Fig. 3Aに示すように、KK-Ayマウスの血清におけるDPP IV活性はC57BL/6JmsSlcマウスよりも低かった。アロニア果汁を摂取したC57BL/6JmsSlcマウスでは、摂取していないマウスと比べてDPP IV活性が増加した。KK-Ayマウスでは変化が見られなかった。肝臓でも同様の結果であった(Fig. 3B)。Fig. 3Cに示すように、アロニア果汁を摂取したKK-Ayマウスでは、摂取していないマウスと比べてDPP IV活性が小腸上部では35%、下部では46%減少した。

小腸上部におけるアロニア果汁によるα‐グルコシダーゼ活性阻害効果

 アロニア果汁によるα‐グルコシダーゼ活性阻害効果を決定するために、合成基質であるp-nitrophenyl-α-D-glucopyranosideを用いてα‐グルコシダーゼ活性を測定した。Fig. 4Aに示すようにアロニア果汁によりDPP IV活性は51%阻害された。アロニア果汁を摂取したKK-Ayマウスでは、摂取していないマウスと比べてα‐グルコシダーゼ活性が小腸上部では42%阻害された(Fig. 4B)。アロニア果汁を摂取したKK-Ayマウスでは、GIP mRNAの発現は小腸上部において減少し、GLP-1 mRNA発現は小腸下部で増加した(Fig. 4C, 4D)。

インスリンレベルにおけるアロニア果汁の有益な効果

 28日間、アロニアを摂取させた後、血清を採取し、インスリン濃度を測定した。Fig. 5に示すようにKK-Ayマウスの血清インスリン濃度はC57BL/6JmsSlcマウスよりも高かった。アロニア果汁を摂取したKK-Ayマウスでは、摂取していないマウスと比べて血清インスリン濃度が顕著に減少した

考察

 本研究において、私たちは体重と血糖値がアロニア果汁を摂取したKK-Ayマウスでは顕著に減少することを見出した。コントロールであるC57BL/6JmsSlcマウスでは変化は認められなかった。最近、私たちはアロニア果汁がDPP IVを阻害することを報告した[9]。本研究と以前の研究結果は血糖値がDPP IV活性の阻害を通して減少し、糖尿病の改善効果を有することを示唆している。また白色脂肪組織の重量はアロニア果汁を摂取したKK-Ayマウスでは顕著に減少した。私たちはまたα‐グルコシダーゼ活性がアロニア果汁を摂取したKK-Ayマウスの小腸上部で減少していることを見出した。GIPを分泌するK細胞は小腸上部に豊富に存在する[17]。GIP発現はグルコースによって調節されており、α‐グルコシダーゼ活性が小腸上部で阻害されるとGIPレベルが減少する[18]。GIPの発現レベルはアロニア果汁を摂取したKK-Ayマウスの小腸上部において減少した。脂肪細胞において脂肪の蓄積はGIPによって誘導される[19]。一方、α‐グルコシダーゼ活性はアロニア果汁を摂取したKK-Ayマウスの小腸下部において阻害されなかった。L細胞から分泌されたGLP-1は小腸下部に豊富に存在する[17]。GLP-1の発現はまた小腸上部におけるα‐グルコシダーゼ阻害によって増加することがすでに示されている[18]。最近、GLP-1の循環レベルがDPP IV阻害剤単独よりもα‐グルコシダーゼ阻害剤との併用によってより上昇し、この併用療法は2型糖尿病と肥満症の治療に役立つことが報告されている[20]。これら以前の研究と私たちの発見はアロニア果汁に含まれるα‐グルコシダーゼ阻害剤が小腸上部でα‐グルコシダーゼを阻害し、小腸上部におけるグルコースの吸収を減少させることによって、GIPの発現、分泌そして循環レベルが減少し、小腸下部におけるグルコースの吸収が増加することで、GLP-1の分泌、循環レベルが増加することを示している。プログルカゴン遺伝子の転写はβ‐カテニンによって活性化され、Wntシグナル経路をターゲットの1つとしている[21]。Cyanidin-3-O-glucoside (C3G)とpeonidin-3-O-glucosideを含むブラックライス抽出物はWntシグナル経路を活性化する[22]。プログルカゴン遺伝子の転写はまた、cyclic AMP response element (CRE)を通して刺激される[23]。C3GはプロテインキナーゼA活性化を通してCRE-binding protein (CREB)のリン酸化レベルを増加し、結果としてCREBを介した遺伝子転写が上昇する[24]。それらの研究結果はGLP-1 mRNAの発現がWntシグナル経路かアロニアベリーに含まれるアントシアニンによりターゲットされたCREを介して増加することを示唆している。最近、STC-1細胞において、プレプログルカゴンmRNAの発現とGLP-1の分泌はneftin-1によって濃度依存的に増加し、GIP mRNA発現とGIP分泌もまた同様に増加することが報告された[25]。この報告はこれらの遺伝子と遺伝子産物においてmRNA発現レベルと分泌量の間に正の相関があることを示している。KK-Ayマウス小腸上部および下部においてDPP IV活性がアロニア果汁によって阻害されることを示した。DPP IVは小腸上皮細胞において活性型GLP-1ペプチドを分解し、門脈にたどりつく活性型GLP-1は1/3から1/4にすぎないことが報告されている[26, 27]。小腸におけるDPP IVによるGLP-1の分解の阻害は増加し、増加した活性型GLP-1レベルはグルコースレベルに影響を与えるので、本研究における私たちの発見と以前の研究はアロニア果汁を摂取したKK-Ayマウスにおけるグルコースレベルが小腸におけるDPP IVとα‐グルコシダーゼ阻害を通して減少していることを示している。一方、C57BL/6JmsClcマウスのアロニア果汁摂取群において増加した血清のDPP IV活性はDPP IVとα‐グルコシダーゼ阻害剤によって誘導され増加したGLP-1による低血糖を防ぐのに必要かも知れない。さらにKK-Ayマウス血清におけるDPP IV活性はC57BL/6JmSlcマウスに比較して低かった。これらの結果はKK-Ayマウスにおいてインクレチンペプチドは血糖値の減少に必要なので、DPP IV活性を上昇させ、インクレチンペプチドを切断する必要がないことを示している。さらに、血清インスリンレベルはアロニアを摂取したKK-Ayマウスにおいて減少した。白色脂肪細胞の重量はまた、アロニア果汁を摂取したKK-Ayマウスで顕著に減少したので、抗インスリン血症やインスリン抵抗性はアロニア果汁を摂取したKK-Ayマウスにおいて減少した。DPP IV阻害剤とα‐グルコシダーゼ阻害剤の併用療法は血清インスリン濃度を減少させる[28, 29]。インスリン抵抗性の減少の後、血中グルコースの吸収は抗インスリン血症におけるインスリン濃度のような高いインスリン濃度によってではなく、より低いインスリン濃度で誘導される。これらの結果はアロニア果汁がDPP IVとα‐グルコシダーゼ阻害を通して糖尿病と肥満の改善効果を有していることを示唆している。

[用語解説]

C57BL/6JmsSlcマウス:遺伝子改変動物の背景系統として多用されているマウスで、多くの実験で対照群(コントロール群)として使用されています。
KK-Ayマウス:KK-Ayマウスは、KKマウスにAy遺伝子を導入したモデルマウスで、早期(7~8週齢)かつ重度な肥満・高血糖を発現するマウスです。
DPP IV:ジペプチジルペプチダーゼIVというタンパク質分解酵素でGLP-1やGIPといった消化管から分泌される生理活性ペプチドを分解し、血糖値の上昇を抑制する効果を持っています。
GLP-1:グルカゴン様ペプチド-1の略称でインスリンの分泌を促進し、血糖値の上昇を抑制する。
GIP:グルコース依存性インスリノトロピックポリペプチドの略称でインスリン分泌を促進し、血糖値の上昇を抑制するとともに、脂肪細胞への脂肪の蓄積を促進する。

この研究は、The Journal of Nutritional Biochemistry, 28 Feb 2016, 31:106-112に掲載されたImprovement of blood glucose levels and obesity in mice given aronia juice by inhibition of dipeptidyl peptidase IV and α-glucosidase.を日本語に訳したものです。タイトルをクリックして原論文の全文を英文で読むことができます。